広島県を中心に
全国呼ばれたところはどこへでも行く!
​をモットーに年間約200本のライブをこなす

歌とウクレレを武器に戦うオッサン。

カホンやドラム、パーカッション
そしてコーラスとして色々なアーティストの
ライブに参加する便利なオッサン。

アコースティックポップスユニット "QOMERI"の
カホンボーカルとしても活動中。
​2018年までに2枚のアルバムを発売。

2019年に初のソロアルバム「AM|PM」を発売開始。

218 NEW ALBUM リリース

「AM|PM」

AM|PM
ミライノセカイ(全部ウクレレVer.)
ねこ
いぬ
ぶた
ちょうどいい
きぼんぬ
君が死んでしまっても
ほたる星 (ピアノ/平田恵子)
りんごの木 (QOMERI)
つながり (フルート/土屋枝里子)
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¥1000投げ銭

ライブ配信を見てただ投げ銭をして頂くのは申し訳ないので、ステッカーにしてみました。

価格:

¥1086

¥2000投げ銭

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¥5000投げ銭

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LIVE

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VIDEOS

​かわののっち つながり
QOMERI @ヲルガン座
QOMERI ENZO 16周年ライブ
 

ABOUT

『イベント活動』
Fab Lives@クラブクアトロ(主催)
STATES OF ROCK 2017 HIROSHIMA(ディレクター)
LIVE AKIBI(ステップナーと共同主催)
AKIBI OKAWARI(ステップナーと共同主催)
のち日(主催)
あんどフェス (ディレクター)
バラキシ祭 (主催)
トランクマーケット 2015〜2016(音響&ブッキング)
KeMBYS COUNTDOWN PARTY 1999~2015 (ディレクター)
キノクニマニア (ディレクター)
細美武士DJイベント (サポート)
バッキー守岡結婚パーティー (脚本&ディレクター)
奥憲一追悼イベント (ブッキング&ディレクター)
Nightswimming@クラブクアトロ (ディレクター)

●主な出演イベント&ライブ会場
2015年
・ザキントス OPENイベント
・PORTA CARINA1周年イベント
・荒神保育園
2016年
・Bar Sliders OPEN LIVE
・アオギリ平和コンサート@広島平和記念公園
・福王寺(安佐北区)
・みささ幼稚園
・スターバックス広島アッセ店
・JIVEカウントダウンパーティー
2017年
・東京下 北沢 風知空知
・神奈川 鎌倉 スパイラル
・STETAS OF ROCK 2017 HIROSHIMA チャペルステージ
・STETAS OF ROCK 2017 SHIMANE 江津市 山辺神社
・東京 下北沢 circus
2018年 - 89本
・Fab Lives
・Fab Lives 2
・山口 周南 rise
・千田わっしょい祭り
・鳥取 米子 赤ラベル
・のら犬ナイト8
2019年
・基町ワールドカーニバル
・山口周南 rise
・京都 寺町 大丈夫
・大阪 HARD RAIN
・東京 高円寺 traghetto
・東京 下北沢 circus

●DJとして参加したイベント
・ヤルKISS
・ナガレカワ大学

●セッションしたアーティスト
・ITSUKA(vocal / guitar)
・チャー絆
・菅原信介(vocal / piano)
・鈴木井咲(guitar)
・宮下広輔(pedal steel)
・Yukari Roja(vocal / guitar)
・村田正樹(tap dancer)
・河村祐二(vocal / piano)
・井上ヤスオバーガー(vocal / guitar)
・はんだすなお(piano)

●かわの のっち●

1974年8月1日生まれ
広島県広島市出身
寅年、獅子座の A型。
動物占いは子鹿のバツイチ42歳。
2人子持ち。
ライバルはウォルトディズニーとシルクドソレイユ。

広島市中区白島北町生まれ。
実家はヤマザキパンのパン屋さん「スイートショップ カワノ」。
広島吹奏楽団や山本浩二ファンクラブで演奏していたトランペッターの父に影響を受けてなのか何なのか。
物心ついたときから家に置いてあったオルガンで謎の曲を弾きながら歌っていたらしい。
父に「ニニロッソ」や「英国近衛兵音楽隊」などのコンサートへ連れて行かれ、
母に「野口五郎」のコンサートに連れて行かれる幼少期。
初めて観た映画は「スーパーマン3 電子の要塞」。
初めて買ってもらったレコードは「コナミ矩形波倶楽部」。

保育園の演劇鑑賞で見た「劇団ひこうせん」。
オープニングの暗闇の中を飛んでいく飛行船を見て舞台演出に興味を持つ保育園児。
演目はたしか……オズの魔法使い。
大きな顔オブジェに映像を当てて動く演出にビックリ!!
今考えればあの演出はプロジェクションマッピングだったなぁ。

新交通システム(アストラムライン)の建設予定地のため立ち退きになり人生初の引越しで安佐北区落合で育つ。
小学校へ初登校の日、足を滑らせ田んぼにハマり「都会っ子!」と言われた事は褒められたのか貶されたのか今も分からない。

小学校5年生から「広島少年合唱隊」に入団。
広島市と姉妹都市の「中国 重慶市」へ親善訪問。
重慶→成都→香港
香港のホテルで生まれて初めてのカードキーを経験。
重慶で友達になった可愛い中国人の女の子と文通するも1ターンで終了。
言葉の壁はデカイです……。

11才の時にオーディションに合格し"小沢征爾"指揮のコンサートでボーイソプラノとして参加。
小澤征爾さんは良い人でした。
お付きの人は嫌味っぽかったです。

平和音楽祭で本田美奈子や布施明、小林幸子などのその年の出演者全員での演目でバックコーラスとして参加。
リハーサルで小林幸子に手を振ると振り返してくれた、っと言うだけで小林幸子が好きになる。

この辺りが人生のピークである!!!

中学1年生の時に合唱団にOBとして参加。
合宿中に先輩がゲイである事が発覚。
夜のお供を誘われた為に退団。
ちなみに退団後、同級生の2人が家に遊びに来て私のベッドでイチャイチャしてた……お前らもか!
今もトラウマで男に触られるのが苦手。

中学校でブラスバンド部に入部しアルトサックスを始める。
3年生の先輩に気に入られ過ぎていた為に2年生の先輩からの嫉妬を受けて1年間在籍して退部………卓球部へ。

父親の趣味で集めた音響機材を持ち出し地元の公民館やお祭りで音響屋さんの真似事をして荒稼ぎ。
地元の楽器屋さんから圧力をかけられる。
あっ!
ちなみに安佐北区・可部にある楽器屋さんね!!

親父が買ってきたエアロスミスのPumpのレコーディングのメイキングレーザーディスクでロックにハマる。
レコーディングにも興味を持ち、自宅にあったカラオケの機械の重ね録り機能を使い1人合唱団(笑)
初めての作品は童謡「ぞうさん」アフリカ風。

カタカナの名前でカッコいいという理由で、宮島工業高校インテリア科に入学。
デザインも勉強したが、毎日毎日家具を作る……ほとんど囚人じゃないかい!!

高校入学後、モテたいという理由から本格的にドラムを始める。
パールの中古ドラムを4万円で購入。
防音もされてない自宅の部屋でボコボコ叩きまくっていると、隣の家のオバサンがウチの母親に「息子さん上手になったわねー」とイヤミを言われ続ける。
しかし初めて遊びに来る友達からは遠くから聴こえる太鼓の音を辿っていくと家を見つけやすいと大好評!

初めてドラムを叩けるようになった曲はプリプリの「世界で一番暑い夏」。
同バンドで次に練習したのはジミヘンの「fire」。
2〜3枚ジミヘンのライブCDを聴くが同じ曲なのにドラムがぜんぜん違う事を叩いてる。
それ聴いて「ドラムって何やっても良いんだぁ」って勘違い。

初ライブは高校の先輩と岩国のライブハウス「ライフタイム」にて客0で演奏。
確かパーソンズのコピーバンド。
だから今でもお客さんが少ないくらいでは動揺しません。

ろくすっぽ叩けやしないのにポップスやハードロックやパンクなどたくさんのバンドに在籍し毎週ライブ三昧。
週2でライブ、週5で練習。
たまにコンテスト(何の賞ももらったことありません)。
そんな高校時代。

ユニコーンのコピーバンドで見真講堂で行われたコンテストに出場。
お客さんに告られ初めての彼女が出来る!
が、ノーゴールで別れる。

友達と大野町公民館の音楽サークルに参加。
BSヤングバトル全国大会に2回も出場した先輩バンド「ベッドシーン」の練習時だけドラムとして参加し指導していただく。
私のエンターテイメント性を求めたライブ演出は「ベッドシーン」への憧れからきております。

ある日、父親が「コンサートが始まる前の幕は絵が描いてあるだけで面白くないけー、お客さんが飽きないような演出が出来たら良いのになぁ」と言ったのをキッカケに照明や映像に興味を持つ。
そんな頃にパーソンズのコンサートを見に行く。
開演前にステージにバンドのロゴが描かれた大きな布でステージが隠されてた。
コンサートをスタート!
客電が暗転。
そしたらパーソンズのバンドロゴが大きくなっていきオープニングムービーが始まった。
描かれていたと思っていたロゴが映像だったと分かった時の衝撃は忘れられない。

広島工業大学専門学校・音響芸術学科に入学。
音響を本格的に学びつつ、まだライブ三昧。

初めてビジュアル系バンドに参加。
見た目重視でロートタムのセットを購入。
そのバンドと同時進行でベーシスト"山本優一郎"とインストゥルメンタルバンド"O-1"を結成。

ヤマハよりデビュー寸前のバンドに参加するが、プロデューサーに呼び出され「バンド形態が人気のジュディマリーと同じだから、ドラムを女の子にしたいんだよねぇ」と参加2ヶ月でクビ!
ちなみに私の後、男性ドラマーが入りました。

専門学校の作曲の授業で、PCの音源ではロックは出来ないと気付きテクノミュージックに目覚める。
先生にクラブに連れて行ってもらいますますハマる。
1年生の時に2年の授業、2年生の時に1年生の授業に出る。
そりゃ単位も取れないはずだわ。
専門学校卒業式1週間前に自主退学。
卒業式は保護者席の出口に近い席に座り全校生徒と握手してやったぜ!!

バイトしていた白島の"ばっどらんず"に照明・音響・ブッキング担当して入社。
週1本しか入ってなかったスケジュールを月に約25本まで増やす。
社長アル中事件、斉藤和義ブレーカー事件など沢山の事件を経験。

●事件1
ある日のライブでPAブースからステージへ走っていた時。
あっ!
説明しよう!
地下の箱から1階を通らないとバックステージに入れないワケです。
っで、1階の廊下でその日の出演者に熱く音楽論を語る社長。
私は必死に止めましたよ!!
だって相手はSING LIKE TALKINGでしたからね〜。

●事件2
出社してお店の鍵を開けるといたるところにビールの空き缶が……。
厨房に入ると約3ケース分補充していたビールの冷蔵庫が空っぽに。
真っ暗なステージを見ると泡を吹いてる社長がぶっ倒れてた。
救急車で病院へ。
たぶんまだ生きてます。

●事件3
パンクイベントでスキンズ君達が大暴れ。
天井からぶら下がってる非常口の案内板を破壊。
私、イベントの途中中止を宣告!
そしたらバイト君がスキンズ君に暴言を吐きますます大暴れ!!
仕方なくバイト全員避難させ、わたくし vs 数十人のスキンズ君の話し合い。
足震えるで〜(笑)
解決しましたが、社長は逃げてましたとさ。

●事件4
斉藤和義さんのライブがありまして〜。
リハーサルは順調。
しかしライブが始まって2曲目(たぶん)。
ハコのブレーカーが落ちた!
1回ならまだしも2回も3回も。
ライブは中断。
温和な和義さんがマジギレ!!
社員の中で一番年下の私が謝罪のため楽屋に……
やっぱり社長は逃げてましたとさ。

メチャクチャな職場でしたがイベント製作のノウハウを学ぶ事が出来ました。

っが、忘年会で社長が愛人に酒を飲ましているのに年間通して沢山出演してくれたバンドさんに私が酒を振る舞ったと大喧嘩になりクビ!
鍵を投げつけてやったわぁ!

二十歳の頃からJACARAに入り浸る。
セッションしたくて開店から閉店まで入り浸る。
閉店後、お掃除してご褒美にまかないもらってました(笑)
ある日、店主の瀬川さんに「お前にあうお店がある」とスマトラタイガーを紹介してもらう。
その日からJACARA閉店後→スマトラタイガーと毎日通いセッション三昧。

JACARAで飲んでいたら、隣に緑色のモヒカンのオジさんが座ってた。
標準語のオジさんが「お兄ちゃん、タバコを1本くれないか?」
タバコを1本あげ色々話をした。
セッションの時、オジさんはトランペットを吹いていた。
その後3〜4本タバコをあげたらオジさんが「また広島に来たら一箱返すから」と言って沢山のオジさん達を引き連れて帰っていった。
オジさんが帰った後JACARAのスタッフの人が「さっきの人、誰か分かって話してた?」
私は「えっ?東京のミュージシャンでモヒカンの変なオジさんじゃろ??」
スタッフ「お前、あれ忌野清志郎で〜」

私は偶然に有名なミュージシャンに出会う事が多いが、気づかない事も多い………。

当時JACARAの店長でドラマーの奥憲一に師事。
1つの曲からビートを崩さず20パターン考える宿題など謎の課題をクリア!
「どんな相手でも手を抜くな」「難しい事は家でやれ」と毎日怒られる。
たぶん一番怒られたのは、タバコを吸いながらドラムを叩いた時だと思う。

1997年、1年間だけスマトラタイガーでアルバイト。
毎日セッションとお酒を学ぶ。
某ギターリストFK氏に「お前はドラムが下手だ!」とコテンパン。
3ヶ月スティックを握れなかったが、たまたま来店された吉川晃司さんのバックバンドの皆さんとセッションした際に「よく聴いて楽しんでやろう!」と言われ吹っ切れる。
超気持ち良いセッションでドラム熱復活!!

独立を決意。
JACARAの瀬川さんに報告に行く。
「どんな店にするんやー」
COVERと言いましてカバー曲を中心にかけたいです!
そこから約1時間ほど瀬川さんがDJプレイして一言。
「今までかけた曲、全部カバーだったけど分かるのあったか?」
メッチャ怒られたけど愛があったわぁ。

1998年、ライブセッションやDJの出来るBAR"COVER"を3年間経営。
毎週末、爆音でライブしていた為に近隣の店舗から毎週苦情。
数回警察が乗り込んでくる。
ツアーでやって来る県外のインディーズバンドの方々と夜な夜なセッション。
あのマリリンマンソンも店の前まで来たが中までは入っていない……残念。
しかし若かったのか、突然お店に飽きて閉店。

2001年、オーナーが島原氏になり大型のDJ BAR"SOUND BAR COVER"に店長として就任。
音の大きさに耐えられず2003年に倉庫を改装し"子COVER"をオープン。

ちなみに25歳で結婚して、28歳の時に離婚(笑)

ある日、広島のタレントであり友人のキムラミチタから連絡があり「子COVERでテレビ番組のインタビューで使わせてくれないか」と連絡がありもちろんOK!!
当日お店の準備をしながらMTVを観てた。
到着したアーティストテレビを観るなり「良いPV流してるね〜」
よく見るとエルレガーデン・細美武士本人でした(笑)

2005年の夏、白菱第五ビルの2階より上の全店舗を使ったイベント"DisCOVER"を最後に閉店。

2ヶ月間、大阪、名古屋、東京を拠点として近県を回るバイクの旅に出る。
当時やってた「愛・地球博」でアフリカ人とジャンぺセッションは楽しかった!
っで、東京滞在中に当時KeMBY`Sオーナーのケビンから電話が
「飲みに行くところがないから作ろうやぁ」
広島に戻り2005年9月30日にKeMBY`S AMをオープン。

2008年よりMadoca、Kiwada、Nochiの3人で癒し系アコースティックポップスユニット「QOMERI」を結成。
ちなみにKiwadaはKeMBY`Sでお遊びセッションしてオリジナル曲を聴きスカウト。
Madocaはみんなでカラオケに行った時にハモりと声質でスカウト。
広島クラブ クアトロにて東日本支援イベント「バラキシ祭」を開催。
ブルーライブ広島で2回のワンマンライブ。
広島県内外で色々なイベントやライブに参加。

2010年7月にお店を買い取り完全独立。
まあ今までも1人だったのでただ大金払った気分。

2012年、1stアルバム「QOMERI」を発売。

2014年、2ndアルバム「QOMERI 2」を発売
岩手県陸前高田市をメンバーと訪問。
仙台で地元アーティストと共演。

その後、ギターのKiwadaが突然オーストラリアに国外逃亡した為、
プロジェクターを使ったアニメ「木枠田くん」と共に活動。
コンドルズ主宰の近藤良平さんから褒めていただいた事は忘れられない思い出です。

2015年からMadocaの本業が忙しくなりウクレレを持って1人でライブ活動を開始。

2016年、Kiwadaが帰国したのでQOMERIを再開。
しかしKiwadaの仕事が忙しく、結局1人でノッチ村……。

2017年にボーカリストとして関東で初ライブ。

2019年2月18日にファーストソロアルバムをリリース。

「米粒に文字を書くよりも、ビルくらい大きい米粒を作りたい」を目指しイベントを製作。
「広島最強のド素人」を目指しております。

ドラムやパーカッションもやりますが、最近はウクレレと歌!!
結婚式やイベントに呼んでいただいちゃって、ありがたいことでございます。
DJみたいな事もやりますが、完全にエンターテイメントショーです。
色々やらせていただいてありがとうございます。


 

 

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TEL | AM.hiroshima 082-249-6677

 

eMail | hiroshima.am@gmail.com

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